1961年までポルトガル領だったゴアも汚いのは他のヒンドと同じであった。
ハンピからゴアのバスコダガマ駅まで夜行列車で朝6時半についた。
一つ手前の Madgaon で降りてもよかったのだが、まだ暗いし、ポルトガル風の駅名に降りて観光もできるかなと思って終点まで乗り越した。
バスコダガマ駅前に出てみるとまだ店はほとんど閉まっている。
魚市場もまだ無人。
空いてた軽食屋の食事はダルとパンだった。
他の店でもパン食が普通のようだ。
バスはいくつも出ている。
Panaji 行きもある。
ホテルを探した。
1つ目も2つ目のホテルも宿泊拒否。
支那の宿泊拒否のようだ。
それで、もうバスで移動に決めた。
Panaji 行きバスはダイレクトで途中止まらず37ルピー。
Panaji からMapusa までバス。
Mapusa から Aranbol までバス。
合計60Kmぐらい北に移動した。
Arambol ビーチがゴアでは長期滞在向けかと思って。
Aranbol でバスを降りたところでレストランで食べたかったがどこも水道がない。手もまともに洗えない。
Hospet 駅前の食堂も流水蛇口はなかった。