バスターミナル前のアグリバンクでUSDをドンに両替できた。 タイバーツのレートは提示されていなかったのでできなさそう。その近くにMobifone 公式の大きな店があって、1年半前のSIMをチェックしてもらうと期限切れ。 新規SIMは5万ドンで前と同じ。 データープランも前と同じ5万ドン7GBにしようとしたら、5万ドン60GB30日のプランを勧められた。 毎日2GB使える。ヒンドや支那と同じ方式で1日あたりの上限 1~2GB。上限を超えると完全にストップ。 電話は別料金で使えるが、トップアップしないといけない。 合計10万ドン払って3,425ドンの残高。30日後に期限切れで再度同じプランを購入できるのかどうかは不明。 特別プロモーションプランなのかもしれない。...
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2679年2月(佛2562・切2019・平成31年) ~ 64件
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- 2679年2月27日ベトナムをバスが走り始めて、驚いたことは田んぼが緑麗しく、稲が伸びていること。 ラオスでは田んぼはどこもカラカラで、日本の冬の田んぼのようであった。 それがベトナムに入るととたんに緑だからびっくりする。 山間から平野部まで200kmの間、緑でない田んぼは見なかった。 2月末である。 日本なら耕作放棄地だらけで夏場でも稲のない田んぼも多いが、ベトナムでは万遍無駄なく耕作されている。 8000万の人口を養うためには田んぼを休ませてはいられないのだろう。タンホア Thanh Hoáに近づいた平野部の田んぼでは、農薬らしきスプレーしている農婦を見かけた。 ずっと曇りがちな天気だった。
- 2679年2月27日ナメオ Na Mèo ~タンホア Thanh Hoá 間のバス運賃は25万ドンであるが、30万ドン取られてしまった。 たった200kmなのに、30万ドン=400฿もするのは高すぎるのだが。 25万ドンでも340バーツ。 差額60バーツだが取られすぎた。追記: と思ったら、ローカルベトナム人運賃は実は15万だった、ということは復路同じバスに乗った時に判明した。倍額請求がベトナムの外人ボッタクリ相場になっているようだ。タンホア~ナメオ・ラオス國境のバス運賃は15万ドンだった! 外人ボッタクリ路線で取り返す方法2週間前にバスでラオス國境ナメオNa Mèo からタンホア Thanh Hoá 終点 まで来た時には乗務員車検は30万ドンと言い、しばらく考え込ん...
- 2679年2月27日ラオス・ベトナム國境、Ban Na Mang ⇔ Na Mèo はバイクに乗ったファランがよく走っている。 ラオス側についた時は13:20分ごろで、アメリカ人とポーランド人のバイカーがいた。 ベトナムのハノイで英語の教師をやっている。 ラオスで故障したポーランド人のバイクのパーツを届けにわざわざアメリカ人の友が届けにきたという。ラオス側では人の出國スタンプが押され、オーバータイムチャージはかからなかった。 13:30までしっかり閉まっていた。 閑散とした國境で人の通行も少ない。 時折ミニバスの乗客がくるくらいだから昼休みは完全に閉めているようだ。車の手続きは特になし。 紫の車パスポートにも出國スタンプは押されなかった。 しつこく頼めば押してくれる...
- 2679年2月25日サムヌアからベトナムの國境Ban Na Mangまでは約80kmだが、途中30kmのところにビエンサイ Viengxay という街があり、そこに洞窟が無数にある。第二次インドシナ戦争、ラオス・アメリカ戦争時にアメリカ軍の空爆を逃れるために、 パテート・ラオ Pathet Lao ປະເທດລາວ 共産主義グループが避難生活をしていた。 パテート・ラオとは文字通りではラオ族の國、タイ語でプラテー・タイというのと同じ。 ラオ國、タイ國のようなもの。 当時はまだアメリカにバックアップされた南部のラオ王國政府と、北部のベトナム共産軍にバックアップされたパテート・ラオ共産軍が戦っていた。 1964年~1973年ぐらいの間にここの洞窟群が使われているたようだ。 アメリカ軍の...
- 2679年2月25日ナムアン温泉を脱出した後、村を離れて上り道に入って登りきったところあたりに広い空き地があって車を休めた。 翌朝日が昇って、振り返ると雲海が広がっていた。 サムヌア Sam Nuea の街まで15km。ベトナム國境まで約80km。 ラオスよりベトナムの方がガソリンは安いので最小限の給油にしておく。 たけのこ売りが多い。 サムヌアの雲海ポイントはここ: ナムアン温泉の美しき田園で強盗?ナムアン温泉 Na Meuang hot springs はサムヌアの南18kmの山村にある。見事な田園の中にある。駐車場からあぜ道を歩いて200mぐらい離れている。 駐車場からあぜ道を200m歩く管理人の男が常駐していて金を徴収している。丸型プールが5...
- 2679年2月25日ナムアン温泉 Na Meuang hot springs はサムヌアの南18kmの山村にある。 見事な田園の中にある。 駐車場からあぜ道を歩いて200mぐらい離れている。 管理人の男が常駐していて金を徴収している。 丸型プールが5000キープ。 個室のバスタブが2000K。 朝8時から5時まで。 丸プールのお湯は41℃くらい。 苔が浮いている。 午後2時40分頃に着いたら誰も居なかった。 誰も居ないから湯は澄んでいてきれいであった。ラオスの温泉はどこもそうだが有刺鉄線で囲われている。 地元民が湯浴みに来るということも拒絶されているかに見える。 午後5時に閉まるというので、2km下の集落で食事した後、6時頃に来てみたら管理人らしき男がバイクで追いかけてきた。 地元民がたくさん湯...
- 2679年2月24日ヒンタン遺跡 Hintang Archaeological Park、立石 Standing Stone への案内板があったので寄ってみる。 土道の往復10kmの寄り道。 石に文字などは刻まれていないようだ。 これは何だと言えば墓だろう。 このような場所がこの辺に何箇所があるらしい。 歩いて行かねばならぬが日差しがきつい時間なので長時間歩く気がしない。朝ならもっと歩いただろう。幹線道路に戻って走ると今度は滝があった。 ヒンタン立石遺跡はここ: Saleuy サレイ滝はここ:
- 2679年2月24日長期間、多数の國を跨いで旅するような人にとって、Line、Facebook, Whatsapp, Wechat, Email など、どのアプリが一番良いだろうか。 長期の旅ではSIMが國ごとに変わり、スマホの盗難・紛失・故障・更新で機種変更の機会も発生するだろう。Facebook のメッセンジャー機能が一番安定しているといいたい。 Line は一度トラブルでコンタクトが全て消失した経験があるから敬遠したい。Facebook ではそのようなことはない。Line は機種変更時にもコンタクトを引き継ぐことに失敗する可能性がある。 Whatsapp もSIMが変わったりすると引き継ぎが面倒になる。一度コンタクトを登録すれば2度と登録し直す必要がないという安定度で、Fa...
- 2679年2月24日スマホのホーム画面のアイコンに吹き出しのように未読数が表示されるのを消したい。 ラインで特定の人やグループを非表示にしていても新規のメッセージが届けばまた一番上に表示されるし、アイコンに未読数も加算されてしまう。 特定の個人であれば、こちらから返信しなければ何度も続けざまにメッセージが届き続けるというようなことはないが、グループの場合は、こちらが見たくなくても返信しなくてもどんどん届いて未読数に加算されてしまう。ホーム画面を見る度にアイコンの未読数をなくしたくなってしまうから開かざるを得ない状況になる。それで未読数表示を消す方法を調べてみた。 未読数の吹き出し表示機能は、アンドロイドのホームアプリの機能で実現されている。 それでホームアプリを変更すればよい。 ...
- 2679年2月24日ラオスのバナナは3回ぐらい買ったがどれもまずかった。 タイの短いバナナと同じ品種を選ぶのだが、まずい。 水気が逃げて干からびている感じか。 白い粉、農薬か、がついているのもある。 一本味見してまずかったら買わないということができればよいのだが。 みかんには黒斑がついていて汚く見える。 どういう理由で黒斑が付いているのかは知らないが買う気がしない。 タイのように味見しろ、と言ってくる店はないようだ。 みかんはおそらくタイから輸入されているのだと思うが、どれもいつでも黒斑だらけで買う気がしない。 タイで売り物にならないようなものが回されていくるのかもしれない。タイのバナナกล้วยは美味い! 安くてうまいチェンライのバナナタイのバナナ กล้วย Klwy はほんとに美味い。雨季...
- 2679年2月24日ラオスでは、子供が逃げる光景を見かけることがよくある。 道路をゆっくり車で走っていると、近づくにつれ、走って逃げていき、影に隠れる。 これは南部のパクセーをバイクでツーリングしていた時にもしばしば逃げる子供を見かけたので、ラオス國内であれば東西南北どこでも共通の習性なのだろう。 皆が逃げるわけではないが、この同じ学校に歩いている別の所の2人の少女が100m先でこちらの車を見るやいなやとっさに走って建物の影に隠れた。 走り去り際にはこちらを覗いていて、こちらが手を振ると、あちらも手を振っていた。 そのように親にしつけられているのか、学校で教えられているのか。ラオスでは愛想の悪い、無表情の子供が多い。 ミャンマーの子供の方がよほど良い。 子の習性は親の習性 ラオスの子供が逃げるの...
- 2679年2月23日2つの温泉浴を終え、ムアンカムを去って北へ向かうとすぐに Tham Piew Cave への案内板があったので3kmの寄り道をした。 平行通り抜けできるので良い。 ここで1時間半ぐらい費やした。 副産物は、洞窟の中ではなく、下から湧水が川のように大量に流れ出てきていて、1.5リットルボトル4本に飲用水を詰めることができたこと。 非軍人を攻撃するのはアメリカの悪癖であった。 戦争にもルールがあるのではないのか。 洞窟までは歩いて10分の上り。 洞窟内奥行きは100mもない。洞窟内には照明はない。特に鍾乳洞的な造形美もないようだ。
- 2679年2月23日ムアンソウイの朝日の後、子供たちが登校前に学校前で食べていた所で同じものを食べてみる。 5000K。 ラオスではよくありがちなのだが、これは冷たい麺、予め茹でた白麺にソースを加えて、さらに水をくわえた冷たいヌードルスープ。 寒くて暖かいものが食べたいのに冷たいのはよくないし、衛生面でも不安になる。 燃料の節約のためか、火を使いたくないのか、ラオスではよくある路傍麺食である。 1時間後、次の街の小さな市場の隣の食堂でフォーを食べる。 1万Kでうまかった。 ポンサワンの市場内のフォーがうまそうに見えて食べてみたかったが、お腹いっぱいで控えた。 ポンサワンには戦争記念碑が2つあって、どちらも囲い内には入れなかった。解説もなにもない。 丘の上にあるので街の見晴らしはいい。ムアンカムの...
- 2679年2月23日ムアンソウイ Muang Souy ソウイ村に来ると、Budda Cave 2kmと案内板があったので行ってみたらいいところだった。 洞窟自体は大したことないが、環境が美しくのどかで静か。 遠くから見ると桜かと思えるような色の木の花が満開で、山の斜面のあちこちで咲いている。 テーブルと電源があったのでノマドして2泊してしまった。 洞窟内は照明付き。 奥行き20mぐらい。帰りの朝日がよかった。

