タグ: 墓 ~  7件

  • ヒンタン遺跡 Hintang Archaeological Park、立石 Standing Stone への案内板があったので寄ってみる。 土道の往復10kmの寄り道。 石に文字などは刻まれていないようだ。 これは何だと言えば墓だろう。 このような場所がこの辺に何箇所があるらしい。 歩いて行かねばならぬが日差しがきつい時間なので長時間歩く気がしない。朝ならもっと歩いただろう。幹線道路に戻って走ると今度は滝があった。 ヒンタン立石遺跡はここ: Saleuy サレイ滝はここ: 
  • 2679年2月12日

    クシナガールの佛陀入滅地

    ネパールからインドに戻ってすぐに、佛陀入滅の地、クシナガール Kushinagar にやってきた。 ここではあらためてSIMカードを調達せねばならなかった。 ヒンドのSIM は90日間使わないと無効になる、Airtel に変更ネパールで90日間過ごし、ヒンドに戻ってきた。昨年9月にコルカタで入手したSIMを再装着してみると、電波は掴んでいるが、vodafoneのネットワークに登録されない。クシナガールの小さな店に聞いてみると、90日間使わないでいると無効になるという。復活もできないらしい。丁度祝日でゴラクプールのVodafone 公式ショップは閉まっていたから行かずじまい。クシナガール2日目、去り際に、Airtel SIM を購入することに成功した。S...
  • 標高が高くて涼しかろう街を求めて標高1100mのメーサロン Mae Salongを再訪した。 2016年11月以来2回目である。メーサロン 11月2016年11月に一ヶ月車を借りて、温泉巡りのかたわら、メーチャンの温泉の次に行ったところがメーサロンだった。その時の記事を探したら抜けていたのでここに揚げておこう。乾季で天気も上々であった。この後に行ったところは花満開だった。信旅メーサロン-11月.htmlその時はレンタカーだったが、今回はソンテウで來た。 雨季で雨がちな空模様。チェンライからメーサロンへ行き方 チェンライ...
  • カンチャナブリの駅前に、広大な戦争墓地 Kanchanaburi War Cemetery がある。 イギリス、イギリス帝國オーストラリア、オランダ、イギリス帝國ヒンド系の戦没者の墓石が整然と並べられている。 門には Kanchanaburi War Cemetery と書いてあるが、中立ではなく、同じ戦争で死んだ日本人の墓はひとつもない。 その隣に見えるのが Death Railway Museum と大書した博物館。 見ただけで英米人の日本攻撃宣伝施設だということは想像がつく。 実際にはイギリス帝國オーストラリア人の設立らしい。 料金所前の売店エリアにある Japan Invade Asia という展示を見ただけで、イギリス史観のプ...
  • 2678年3月17日

    Galaxy S8 は割れやすい

    2月末、チェンナイの切支丹教の十字架墓地に入って休憩できるベンチを求めて奥まで歩いたところで、バッテリーに繋いで充電中の Samsung  Galaxy S8 を下に落としてしまった。 ケーブルにつながっていて、下も砂っぽいところで、それほど衝撃が強いとは感じなかったが、表面の液晶の端が砕けたように割れてしまった。 右端から左端までの亀裂も2本できた。 カバーはしていなかった。 使用している時はさほど目立たず、機能的には問題なかったのが幸い。 不思議なことに、次の日もその次の日も下に落としてしまう不注意が重なった。 それまではめったに落すようなことはなかったのだが。それまではカバーをしていなくて裏側から落としたことはあったが表側から落ちたことはなかった。 裏側か...
  • Sagadaには土曜日の16時頃着いた。 週末旅行のフィリピン人観光客で混雑していて宿はどこも満室。10件以上なくて下りStrawberry Cafeの貸部屋が空いていた。350ペソで、ホットシャワーあり、トイレ・バス専用。2泊した後、 Strawberry Cafe のRaspberry room から すぐ前の Canaway Resthouse の3階の部屋に移動した。連泊見込みで350から300ペソにしてもらった。2人なら600ペソだろう。ダブルベッドで窓も2面にあり、風通し良く明るい。 唯一の問題が道路交通騒音。道路に面しているため、しょうがない。なるべく道路から奥に入ったところでないと静寂は期待できない。その点、Strawberry はよかった。が向かいで家の建築音がある。右を向...
  • カンチャナブリには、9:40についた。ラーメン食って10:30のPhu nam ron 行きバス待ち。70km+α。國境まで。 Wi-Fiあるので書いておく。 滝への途中には、奇岩の陳列販売がたくさんあった。大理石のような。 日本軍が作った橋とか、墓とかあるが、わざわざ行くきしない。バイクの旅なら気軽に回れるが。 橋は、Death railway と地図にある。フィリピンの Death march を思い出す。泰緬鉄道メクロン河永久橋とJEATH戦争博物館カンチャナブリの町の北側に鉄道の橋がある。日本軍が建設した時には川の名はメクロン川であり、橋はメクロン河永久橋と呼ばれていた。戦後1957年にフランス人の原作の The Bridge ...

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